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事の始まりは2005年3月のライヴでキーボードの佐藤がギターを弾きだしたことでした。 そして4月のカバー大会でヘルプのドラムを迎えダブルドラムでマーブルシープをカバーし 松谷さんがライナスサイトにアップされた、その時のライヴ映像を観て「うおっ!」と思ったらしく なんでも佐藤のギターに原初的なパワーを感じたそうで、観た直後に 「佐藤さんのギターでサイケパンク対決しましょう」とメールを頂きました。 無論、その時点では対バンという意味合い。 その事を佐藤に伝えると 「松谷さんの前で弾くのは勘弁して~」と。 まさか後にツインギターとは夢にも思っていず。 時は流れ毎年恒例のマーブル札幌ライヴの連絡を貰い その話を進めていったら突然、松谷さんが急病で入院。 今回は流れるかと思いきや、どうしても札幌でやりたいらしく そうこうする内に今回はどうしてもドラム陣が来れなくなり そこで多分、カバーしてたのを思い出し 入院中にふと思いついたのでしょう。 「マーブルとライナスの合体」 単なる思いつきと思われなくもないですが 松谷さんと俺の共通の知人(この方がマーブルとウチを結びつけた張本人)が 見舞った際に、この思い付きをふと彼にもらし たまたま仕事上の都合で連絡をした時に 「松谷がこんなこと言ってましたよ」と。 はぁ?! ウソだろ。 やれるワケないじゃん。 ウチみたいなヘタクソに。 即、松谷さんにメール。 「ウチがバックやるんすか?」 「あ、早い!密かにそんなことを考えてました」 「いいんすか?メッチャヘタクソっすよ!」と、さんざん念を押したが 本人たっての希望だし、とりあえずGO! しかし、この時点でも佐藤がギターとは思ってもいず。 はて俺は? 当然ツインベースなんてのは想定外。 りえちゃんにギターに戻ってもらうのか? 俺がギター弾くのか? そのことを訊くと 「佐藤さんには是非ギター&鍵盤で。で、渡部さんとりえちゃんのツインベース。」 「えーーーーーーーーー!!!!! ちゃんとしたツインベースなんてやったことないっすよ!」 しかし、まぁ乗りかかった船。 渋る佐藤を説き伏せて(仕方あるまい。この時点でギター歴10ヵ月だし) いったろうじゃん!と、リハ開始。 しかしツインベースは実際にやってみないとわからない。 いくらこの数年、宮崎理絵を研究したとはいえ 本人とはタイム感が全く違う。 わかんないことをあれこれ考えても仕方ないが やるからには本気! バックじゃなくって「バンド」としたい! とりあえず何とか出来る範囲内で型にし 後は実際に全員で音を出してから考えよう!! 二ヶ月間、ライナス側で地固めをし 本番3日前にマーブルを迎え入れフルメンバーでのリハ開始! 「お!イケるんじゃない!」 との手応えを得て3日間煮詰め 本番に挑んだのでした。 実際に彼等と御一緒させていただいて 改めてマーブルの真剣さ、豪快さ、繊細さを実感しました。 大変、勉強になった上に 滅茶苦茶に楽しくて夢のような時間でした。 (WRITTEN BY ライナスの毛布:渡部徹 2006.3) ※無断転載厳禁 -BACK- |